20090330

至上の贅沢

何もかも、宇宙の中に在る微細なものの運動、現象に過ぎない。
自分や他人が生まれたり死んだりする事、感情、関係性、経済、進化退化、燃焼、幸福、惑星、生物の起源、
音楽。
何も例外ではない。

例えば、演奏が限りなく遠いところと響き合っている様な、不思議な喜ばしさの中にある時、
例えば、すれ違う車の色にまで自分への敵意を感じる時、見知らぬ人の甲高い声に殺意に近い憎しみを抱く時、
例えば、目的の為に何か行動している時、
僕は多分、自分の意志や感情の中にあるから、
外の事は見えない。

でも、感情も、世界の見え方も、脳の中の出来事で、それはどんな事も本当は並列なのではないか?
埋没しているときは分からないだけで...。

存在する事は現象。
全てものの存在の意味を問う事は、それ自体に意味が無い。
と、僕は思う。
無理矢理答えを出すなら、「ソンナノ モトモト ドコニモナイ。」。
もしもあったとするなら、それは人間には到底理解出来ない。

問う事そのものが現象としての人の中の現象なのならば、
それ以上の答えが生まれる事は無い。

つまり僕には、
生まれた意味も生きる意味も死ぬ意味も無い。
だからこそ、意外と面白い。

意味の無い事に一生をかけて挑戦するのは、
無駄という至上の贅沢だ。